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大阪地方裁判所 昭和40年(わ)2485号 判決

主文

被告人辻本一雄を懲役三月に、同岡崎興二を懲役二月にそれぞれ処する。

被告人両名に対し、この裁判の確定した日から一年間右各刑の執行を猶予する。

訴訟費用中、証人山内正剛、同北野邦一、同松岡傭二に支給した分は被告人辻本一雄の、その余の証人に支給した分は被告人両名の連帯負担とする。

理由

(本件発生に至る経緯、背景及び罪となるべき事実)

第一、被告人両名の地位

一、株式会社日本鉄工所は、大阪府八尾市久宝寺八八九番地に本社事務所及び工場を、東京都港区芝新橋二丁目三〇番地に東京支店を、同支店の管轄下に千葉県市原市姉ヶ崎日本板硝子株式会社千葉工場内に昭和三九年五月開設された千葉工場を有し、主に機械プレス、ガラス製造機械の製造を業とし、千葉工場においては主に日本板硝子株式会社千葉工場の連続操業に対する保全的業務である同会社の機械の修理、保全を業としていたもので、全従業員数約四三〇名でそのうち一四名程度が千葉工場に勤務しており、被告人両名は、本社工場従業員である。

二、日本鉄工労働組合(以下本社組合という)は、株式会社日本鉄工所(以下会社という)における従業員約三二〇名をもつて組織され、組合長は東上通雄、被告人辻本一雄は副組合長、同岡崎興二は書記長の役職にあつたもので、千葉工場勤務の従業員中、一〇名が右組合員で職場委員は阪本隆男であつた。

第二、労働協約改定をめぐる会社と組合の関係

会社と組合は、昭和三八年一一月二七日に効力を発した労働協約の改定をめぐつて、労使双方の代表者によつて構成される、労働協約の一部改正に伴う改訂案を審議するための労使小委員会において、昭和三九年一〇月三〇日から同年一一月二一日までの間一五回にわたり審議交渉を重ねたが、多くの点において合意に達しなかつた。そして、この改定案審議において一つの重要な争点となつたのは、右労働協約第四五条(平和条項)の改定についてであつたが、具体的には、会社側としては千葉工場組合員の争議権を前述のような千葉工場の性格により平和条項によつてできるだけ制限することを望み、組合側は会社の提案を争議権の剥奪であるという見解をとつたのである。ところが、右労働協約第四九条によると同協約の有効期限は同年一一月二六日であるところ、同第五一条、同五〇条により、新協約の締結されるまでなお翌四〇年一月二六日までに限つて有効期限を延長したにもかかわらず、労使双方に千葉工場組合員の平和義務について合意に達せず、遂に前記労働協約は同年一月二六日の経過をもつて失効するに至つた。この事態は、労働協約については従来これという紛争もなく労使双方により維持されてきた事情に照らすと、異例なことであつた。組合は、右の無協約状態に直面して、同月一月二七日付書面でもつて現行労働協約の効力延長を申入れたが、会社の承諾するところとならなかつた。

第三、千葉工場組合員の組合脱退及び新組合結成の経緯等

一、千葉工場組合員一〇名は、昭和三九年五月に本社から千葉工場に転勤したのであるが、物価の高いこと、福利厚生施設の遅れ等によつて地域差手当の実現が一つの懸案となつたものの、この懸案に対して組合執行部が熱意を示さず、そのうえ組合の活動状況あるいは活動方針について、組合からの連絡が不十分であるという不満を組合執行部に対し抱き始めていたところ、翌四〇年二月六日ごろ、職場委員阪本隆男が千葉工場長から前示のとおり労働協約の失効したこと及び組合が会社に対し一律四九八八円の賃上げを要求していることを聞き、やや遅れて組合執行部から右の賃上げの要求について連絡が入つた。そこで、千葉工場組合員達は、本社組合において既に賃上げ要求額について決定し会社の方に要求してしまつており、そのために、懸案の地域差手当等の千葉工場組合員の要求を右一律賃上げ要求に反映させることができなかつたことを知つた。その後、組合執行部から連絡のないまま、同月一二日、会社労務担当役員大橋登専務取締役が千葉工場を訪れ、千葉工場従業員に対し、労働協約の失効した事実を告げたため、千葉工場組合員は大勢として、急速に組合執行部が自分らを軽視しているという不満を強く抱くに至つた。

二、阪本隆男は、右大橋専務の千葉工場来訪の際、川崎市の日東化学株式会社へ出張中であり、同月一四日、千葉工場に戻る途中、本社従業員で組合員である藤原安久と東京新橋付近において出会い、新橋にある第一ホテルで同人と会食し、カステラ一折をみやげに受取つた。当時大橋専務は同ホテルに宿泊中であり、藤原安久は、現組合執行部に対する批判派である、昭和三九年一月二二日発足の「誠友会」の少数の発起人の一員であつた。

三、千葉工場組合員の中には、前示の事情のほかに、労働協約の失効に伴い、同協約第二条に定めるいわゆるユニオン・シヨツプ制が廃止されたこともあつて、組合を脱退するかのような言動をとるものが現われ、組合執行部に対する不満は強くなるばかりの空気の中で、阪本隆男は、昭和四〇年二月一七日、電話によつて東上組合長に千葉工場組合員の空気を伝えるうちに双方で口論になり、阪本は遂に同組合長に誠意がないと考えその場で自らは組合を脱退する決意であることを伝えるとともに、千葉工場組合員達に、東上組合長が「千葉の三人、四人問題じやない」といつたと告げると、同組合員達はいたく同組合長のことばに刺戟され、同夜職場集会を開き協議することとなつた。尤も、同組合長が右のことばをいつたものか、もしいつたとしても如何なる双方の応酬の経過から出たことばか不明であるが、少なくとも阪本を除く千葉工場組合員が東上組合長の右のことばがあつたものと受取つた事情はある。ところで、同組合員北角一は右の不穏な空気を察知して組合執行部に連絡をとつたところ、事の重大さを知つた組合執行部は執行委員萩原利保、同山田太一を急いで説得のため派遣することになつた。

四、同月一七日夜、千葉工場組合員は職場集会を開き、北角一、八木俊夫の二名を除く八名が組合を脱退する旨決議した(以下これを第一回脱退という。)。席上、北角は執行委員の右萩原、山田両名が説明のために翌一八日朝に千葉工場に来る予定であることをいつて組合脱退は早まるべきではない旨の意見を述べたが、脱退決議者に容れられなかつた。

五、翌一八日朝千葉工場に着いた右執行委員二名は、既に脱退決議のあつたことを知り、個別に翻意させようとしたがこれを充分にすることができず、阪本においては右執行委員と接触することを避ける態度をみせ、午後には本社組合を脱退した千葉工場組合員の会社側の取扱い、特に従業員としての身分保証の確認を会社に求めて大阪へ出発した。右執行委員は、千葉工場組合員の空気を本社の組合執行部に連絡したところ、翌一九日組合三役である東上組合長、辻本副組合長、岡崎書記長が説得に千葉工場を訪れることになつた。

六、翌一九日朝千葉工場に着いた組合三役は、先着の右執行委員と合流し、千葉組合員の説得に当り、夜に説得のための集会を持つこととなつた。ところで昼、組合三役らは日本板硝子株式会社の労働組合千葉工場安岡支部長と面談し、その際、同支部長から、阪本が第一ホテルにおいてある人物と会食し大きなみやげを受取つたことを聞き、さらに右労働組合と日本板硝子株式会社との間に協定された専業者規定なるものについて説明を受けたところ、右専業者規定なるものが同支部長の説明によると千葉工場組合員の組合脱退の翻意を促すのに一つの有力な根拠であることを知つた。萩原執行委員は右の専業者規定を筆写し、夜の集会に臨んだ。この席上、組合三役は千葉工場組合員の不満に答えて、連絡不十分ということは職場委員阪本が連絡事項を握りつぶしていたとの見解の下に、同人が会社から五〇万円を受取つて今回の脱退を策動したと述べ、さらに先の筆写した専業者規定を示したうえ、この規定によると本社組合を脱退するならば千葉工場組合員は今後日本板硝子株式会社の仕事に従事できないことを警告した結果、脱退決議者中阪本を除く残り七名全員はここに翻意し、先の脱退の意思を撤回するに及び、次いで職場委員阪本を更送して、新職場委員に鈴木昭一を選んだ。

七、この組合三役の説得の日、阪本は大阪にいて、大橋専務に面談を求めたが会えず、そのため横井恒人事部次長に千葉工場従業員の本社組合脱退者を会社が従業員として取扱うよう保証を求め、同次長から後日会社の代表者を千葉工場に送る旨の回答を得て、翌二〇日千葉工場に戻つて来たところ、事態の逆転を知つた。

八、一方、新職場委員鈴木は、阪本の弁明と専業者規定について安岡支部長の説明を求め、同月二一日ごろ昼、職場集会を召集したところ、阪本は会社から五〇万円を受取つたことを否定し、さらに安岡支部長は専業者規定は本社組合を脱退しても新組合を組織することによつて何ら問題は残らない旨説明した。そこで千葉工場組合員は、先の組合三役の説得は、虚構の事実や甚だ根拠に乏しい事実をもつてなされたということで憤慨し、組合執行部への信頼を裏切られたという見解のもとに、再度脱退する気運に急速に傾いた折も折に、東京支店長天道善一が千葉工場を訪れて同支店長は、組合脱退者でも会社としては会社従業員としての身分を保証することを告げた。

九、本社組合執行部は、同月二三日ごろ、「賃上要求貫徹のため全組合員の団結で分裂攻撃を打破ろう」と題する書面(昭和四〇年押第一〇五〇号の一)(以下ビラAという)を本社従業員に配布したが、その内容は、千葉工場組合員の第一回脱退の経緯及び組合三役の説得の結果脱退を阻止したこと、及び右脱退は第一ホテルにおいて大橋専務から「大きなみやげ」をもらつた阪本の策動の結果であること等を伝えるものであつた。

一〇、ところで、千葉工場組合員の中北角一、八木俊夫を除く八名は、同月二四日昼、再び、組合を脱退する決議をし、夕刻には日本鉄工千葉工場労働組合(以下千葉組合という)を結成し、従来本社組合においては組合員資格のないものであつた千葉工場従業員の参加を求め、ここに組合長上岡直、書記長鈴木昭一と選出したのであるが、同月二六日には、右北角、八木の両人も本社組合を脱退して千葉組合に加入した(以上を第二回脱退という)。

一一、同月二五日、如何なる経路によつたものか不明であるが、前記のビラAが千葉工場で発見され、これをみた千葉組合員達は、このビラが真相を伝えるものでないという見解のもとに、このビラに機会をみて反駁することを考え、上岡組合長及び鈴木書記長において反駁するためのビラの原稿を作成した。右両名は、同月二七日大阪市の会社のよく利用する料理旅館において行われる会社と千葉組合の調印式のため、来阪し、翌二八日、千葉組合側は右両名、会社側は中村社長、大橋専務、横井人事部次長、尾崎人事課長、天道東京支店長の出席の下に調印式が行われた。ところで、上岡、鈴木はこの来阪の機会を利用して本社に先のビラAに反駁するビラを配布しようと考え、千葉組合と連絡をとり、会社の利用している日の浦印刷において前記原稿を印刷に付し、そのビラを翌三月一日、本社において配布することにした。

第四、罪となるべき事実(その一)

千葉組合書記長鈴木昭一(当時三六才)は、昭和四〇年三月一日午前六時ごろ、封筒に入れた右印刷にかかる「皆さん千葉工場の私達の本当の気持をわかつて下さい」と題するビラ(以下ビラBという)(昭和四〇年押第一〇五〇号の五)約四〇〇通を持つて、本社東門に現われ、同門付近の保安室に隣接する従業員出勤カードラツクに、右のビラを予め各封筒に記載した宛名に従つて差入れ始めた。ところが、本社組合員高井某がこれを目撃し、直ちに被告人辻本一雄の自宅にこれを報告したところ、同被告人は、これまでの第一回、第二回の脱退の経緯により、鈴木が本社組合を中傷する内容を記載したビラを配りに来たものと考え、すぐに自宅より自転車で会社に赴き、右カードラツクにビラを差入れている鈴木を見い出すや、組合を脱退したうえさらに本社組合員にまでビラを配り、働きかけようとする鈴木の行動に憤激し、同日午前七時ごろ、右カードラツクにビラを差入れている同人の背後から近づき、「犬め、何しに来た。誰に断ってこんなことしに来た。」と怒鳴りつけるや、その左肩を右手で掴んで引退け、すぐ隣の保安室にいる保安係員に確かめて、保安係は鈴木の行為を許可していないと聞くや、カードラツクに既に差入れてあるビラを次々に引抜いて棄て始め、鈴木が背後から「一方的やないか、千葉の言分も聞いてくれ。」と訴えると、「うるさい。」と同人の胸部付近を左肘で一回突き、同日午前七時二〇分ごろ、鈴木が右東門付近で出勤して来る従業員に右ビラをなおも配ろうとすると、これを阻止するため、右手で同人の胸部付近を二回突き、同人がビラの配布を断念して、既に東門内側に待機駐車させていたタクシーに逃げるため乗車しようとすると、同人のビラ配布の目的について問い質すため「逃げようとしたつて逃がしやせんぞ。」といつて、背後から同人の手首を掴み、腕を組むようにして引つぱり、そのまま同人を近くの組合事務所に押込み、同日午前七時三〇分ごろ、鈴木が便所に行く口実を設けて右組合事務所から逃れ出て、同被告人の隙をみて右の駐車中のタクシーに乗込んで逃げようとするや、「逃げようたつて逃がさんぞ。」といつて、タクシーの客席のドアを開け、右手で同人の左手首を掴み、左手でその胸倉を掴んで車外に引張り出したうえ、右腕で同人の左腕を抱えてそのまま再び右組合事務所に押込む等して暴行を加えた。

第五、組合事務所における情況

一、被告人辻本一雄は、鈴木を組合事務所に押込むと、折から出勤して来た組合執行委員達が右事務所に立寄つたのを機会に、鈴木の行為を説明するとともに、組合事務所において、鈴木の処遇について急ぎ執行委員会を開催することとし、やがて、同被告人を初めとして被告人岡崎興二他一〇名位の執行委員が集まつた。組合執行部は、千葉工場の脱退は、会社と連絡をとりながら阪本らが企てた組合分裂の陰謀であるという見解の下に、鈴木に対し、会社側とのつながりを追求して、同人の宿泊場所、ビラの印刷代、あるいは阪本が組合三役の説得のとき欠席した理由等を非難詰問した。これに対し鈴木は、殆ど答えようとしなかつた。午前一〇時ごろ、連絡によつて出社して来た東上組合長が右ビラBの記載内容について問い質したけれども要領を得ず、午前一一時ごろ大阪府議会議員住谷晃太らが組合事務所を訪れたのを機会に、鈴木が退出しようとし、東上組合長もこれ以上鈴木を問い質しても得るところはないし、さらに場合によつて刑事事件として立件されないとも限らないと判断し、鈴木に「労働者同志が争うことはよそう」と述べ、同人の退出するに任せた。

二、ところが、鈴木の退出直後、右住谷議員は執行委員からこれまでの経緯を聞いて、鈴木から謝罪文を求めるよう執行委員に指示し、これを受けて萩原執行委員ら三名が直ちに鈴木の跡を追つて近鉄八尾駅に至り、再び同人を午前一一時三〇分ごろ組合事務所に連れ戻した。そして、東上組合長ら執行委員達は、鈴木に対し、その今朝の行為を非難しながら謝罪文を求め、しぶる鈴木をして今後は本社組合の了解の下にビラを配ること、次いで、今朝の行為は手続上の間違いであること、さらにビラBの内容について教宣部長は萩原である旨訂正することを次々に同一書面(昭和四〇年押第一〇五〇号の六)に記載させ、その都度それぞれ右三つの項目ごとに署名、指印をさせた。ところで、執行委員達は、これに満足せずなおも執拗にビラBの内容を取消すよう鈴木に求めたが、鈴木は千葉組合員達の総意による内容であるからといつて拒否した。

第六、罪となるべき事実(その二)

執行委員達が鈴木に対しビラBの内容の取消文作成を求めていると、午後一時三〇分ごろ、会社第二事務所から組合事務所に千葉の上岡から鈴木に電話がかかつているから第二事務所に同人をやつてくれという連絡があつた。執行委員達は同人を第二事務所に赴かせる一方、電話交換係に千葉からの長距離電話がかかつていないのを確め、右連絡は鈴木を組合事務所から逃がそうとする会社の手段と判断して、被告人両名は急いで鈴木に追尾した。同人が第二事務所で通話後、会社構外に退去する目的で会社正門に向けて歩行していると、

被告人両名は、前記取消文の作成を求めるため、鈴木を組合事務所に連行しようと考え、互いに意思を相通じて、正門付近において、被告人らを振切つて退去しようとする同人に対し、被告人岡崎興二において「おいら命をはつてやつとんのやぞ。」と語気鋭く迫り、その面前に立塞がつて、同人の左腕を右腕で抱え、被告人辻本一雄において「一筆かけ。」と同様に迫り、同人の右腕を左腕で抱え、鈴木の身体、行動の自由を制圧しながら、同人を正門付近から職員更衣室北側に至る約六〇メートルの間を約一五分間にわたり連行し、もつて同人を不法に逮捕したものである。

(証拠の標目)(省略)

前示第四の罪となるべき事実(その一)は、特に被告人辻本一雄の当公判廷における供述、その検察官及び司法警察員に対する各供述調書、第九回公判調書中の証人鈴木昭一の供述部分及び同証人の第一〇回当公判廷における供述、証人山内正剛の第一一回公判廷における供述を比較検討した結果認定できる。

前示第六の罪となるべき事実(その二)について、検察官は、被告人両名が鈴木を会社第二事務所北側入口付近から会社正門手前を経て職員更衣室前に至る約一六〇メートルの間を、約二〇数分にわたり連行し、同人を不法に逮捕したと主張するのであるが、証人鈴木昭一の第一〇回当公判廷における供述によると、鈴木は弁護人の尋問に答えて、第二事務所で電話してから会社正門手前付近に至るまでの間、一度は被告人辻本に腕を組まれることがあつたが、ともかく、自らの意思どおりに歩行でき、その間身体行動の自由を制圧され会社構外へ退去する目的を阻害されたことはなかつた旨を述べている。さらに、被告人辻本の司法警察員に対する昭和四〇年四月一二日付供述調書中の第八項によると、同被告人は、鈴木を、会社正門を会社構外に出て会社敷地北側に添つて東西に通じる道路を経て東門に至り、組合事務所に同行させるつもりであつたことがうかがわれ、この事実によると、第二事務所から会社正門付近に至る間に、同被告人は鈴木と腕を組んだものの、両人の進行方向は同一であつたのであるから、この間に鈴木の身体行動の自由に対し加えられた制約も、前述の同人の述べるように、特に同人の身体行動の自由を制圧する程度のものではなかつたことが認められる。また、被告人岡崎が、第二事務所から会社正門付近に至る間に、鈴木に対し、その身体行動の自由を制圧するに足る行為をしたという証拠もない。以上、要するに、検察官の主張は、当裁判所が判示した第六の罪となるべき事実(その二)に反する限りで理由がないものである。一方、弁護人主張の如く、鈴木は会社正門から職員更衣室までの間、被告人らに同行することを同意していたという事情は、前掲各証拠によつて到底これを認め難い。

(被告人両名を有罪と認定した理由)

第一、先に第六に認定した被告人両名の行為は、逮捕罪の構成要件に該当することは明らかである。第四に認定した被告人辻本の行為について、検察官は、午前七時ごろ、午前七時二〇分ごろ及び午前七時三〇分ごろの各行為は、併合罪の関係にある旨主張するのであるが、当裁判所は、右三つの時点における各行為は、包括して単に一個の暴行罪の構成要件に該当すると考える。即ち、右三つの時点における各行為は、被害法益が同一で且つ同一の罪名に触れること、時刻が極めて近接し僅かに約三〇分間におけるものであること、場所は同一場所といつて差しつかえないこと、など密接な関係にあることがわかる。被告人の意思にしてみても、終始、組合を脱退し組織を分裂させた一員としての鈴木に対し一貫して憤激の情を持つていたことがうかがわれる他、先の三つの時点における各行為の目的は、ビラ配布行為を阻止し、同人の行為の目的等について釈明を求めるという点において相互に関連している。以上のとおりであるから、右三つの時点における各行為を総合して観察すると、結局一個の暴行罪の構成要件に該当するものと評価するのが相当である。

第二、違法性について

一、前示のように、被告人両名の各行為は、暴行罪及び逮捕罪の構成要件に該当するから、これらは形式的には違法性の存在することを推認せしめるものである。しかしながら、行為の違法性は、とくに前示認定のような本件事案についてはこれを実質的に理解すべきで、社会共同生活の秩序と社会正義の理念に照らし、その行為が憲法、労働法その他全法律秩序の精神に違反するかどうかの見地から判断されるべきである。それには、その動機目的において正当であるか、そのためにとられる手段方法が相当であるか、行為によつて保護しようとする法益と行為の結果侵害される法益を比較考量し、行為が社会共同生活の秩序と社会正義の理念に適応し全法律秩序の精神から是認されるときは、構成要件に該当する行為の違法性の推認は破れ、違法性を欠き犯罪は成立しない。以上の見地に立つて被告人両名の行為の違法性について以下検討する。

二、既に判示したように、昭和四〇年三月一日本件当時の本社組合のおかれていた情況は、労働協約が失効し、労使双方にとつて重大な争点となつた千葉工場組合員の平和義務の問題も、千葉組合の分裂により、事実上会社側の主張が貫徹された結果と同様になり、今後の労働協約改訂案をめぐつて本社組合側は一歩後退を余儀なくされたばかりか、折から同組合はいわゆる春闘の一貫として賃上げを要求している最中で(これに対する会社側の回答はゼロ回答であつた)、また現組合執行部に対する批判派である「誠友会」なるグループの活動も存在していた形跡がうかがわれる中にあつた。そして、会社側が千葉工場組合員の脱退に全く無関心とはいえず、むしろかなり積極的な働きかけをした疑いがあるのであつて、このような情況のもとに、本社組合員に組合執行部の批判等の働きかけがあると、あるいは組織に動揺を来たし、組合員相互の団結力に微妙に影響し、延いては団結権の弱体化、最悪の場合組織の分裂を来すおそれもあつた。当時、組合にとつて大切なことは、今後の賃上げ要求、労働協約改訂問題等において、会社と実質上対等な立場に立つことによつて、組合の主張を有利に展開することであり、そのためには、千葉工場組合員の脱退により蒙つた団結に対する打撃をこれ以上波及することを防止し、より結束を固めることが必須の条件であつた。

三、右のような情況のところに、鈴木は大量のビラを持つて本社に早朝現われたのである。この行為をみると、元来、本社組合と見解を異にして、既に脱退し新組合を結成して一応の目的を果したとみなされる千葉組合の有力な一員である鈴木が、その上、ビラを本社において配布しようとするのであるから、本社組合の立場からすると、その行為を単に同一組合内における組合員相互の批判、反批判という民主的討議の域を越えて、組織離脱者による本社組合員の団結権に対する不当な働きかけと受取つてもそれは無理からぬところである。すると、労働基本権の支柱ともいい得る団結権を不当な侵害者から擁護することは当然のことであり、この鈴木の団結権への侵害の外観を呈するビラ配布行為を目前にみて徒らに座視し、これに対する適切な措置を尽さないことは、自らの権利を放棄するのと同様になる。

四、そこで、被告人辻本の暴行罪の構成要件に該当する行為についてみると、

(一)  同被告人の直接目的としたところは、前示のとおり、一応鈴木のビラ配布行為を中断させ、ビラの記載内容を確認し、その内容如何ではビラ配布の目的あるいは記載内容の釈明を求め、配布行為の中止を求めることである。同被告人に組合脱退者の一員としての鈴木に対する憤激の情があるとしても、ともかく鈴木のビラ配布行為を中断させ、その行為の目的の釈明を求めようとしたのであるから、前示のような情況下になされた本件組合副組合長である同被告人の行為は、窮極のところ団結権の擁護にあつたと認められる。

(二)  しかしながら、なるほど鈴木のビラ配布行為は、団結権に対する不当な侵害の外観を呈してはいたが、行為の態様そのものは、ビラをカードラツクに差入れるとかあるいは出勤して来る会社従業員にビラを手渡すというものである。これに対しては、まず一応説得によつてビラ配布行為を中断させるよう努力すべきであつたし、また説得する余裕もあつた情況である。にもかかわらず、同被告人は、鈴木が「千葉の言分も聞いてくれ。」といつて場合によつては事情を説明せんとする態度に出たのに、これを一蹴するなど、初めから説得する姿勢に著しく欠けていた。また、このことが延いては鈴木に同被告人の態度を説得とは受取らせず、ひたすら逃げようとする態度をとらせたともいい得るのである。そして、実力の行使の態様としても、前示のとおり粗暴で執拗であり、ことにタクシーに乗り込んでいる者を、ドアを開けて手首と胸倉を掴んで車外に引き出すなどは、如何にも穏当を欠くものである。

(三)  もとより団結権は、憲法及び労働法によつて保障された勤労者の基本権であつて、これを尊重すべきことはいうを俟たないところであり、場合によつてはこのために個人の自由安全という法益の侵害も甘受されなければならない。しかしながら団結権といえども絶対ではなく、法秩序全体の観点からして他の法益との相互関係において、おのずから限度があることもまたいうを俟たない。これを本件についてみれば、その動機、目的においては団結権の擁護に出た行為としても、鈴木の身体に対する侵害と比較するときは、ややその均衡を失し、その限度を越えたものといわざるを得ない。

(四)  以上の説示を総合すると、同被告人の暴行罪の構成要件に該当する行為は、全法律秩序の精神から是認し得ず、違法といわざるを得ない。

五、次に被告人両名の逮捕罪の構成要件に該当する行為についてみると、

(一)  被告人両名の逮捕行為の目的は、直接には鈴木の持参したビラの記載内容の取消文の作成を求めることにあつた。そこでそのビラの記載内容をみると、先に本社組合執行部の配布したビラAにより裏切者としての烙印を押されることを潔しとしない弁明が骨格をなすものであつて、鈴木自身の主観においては、自己の持参したビラの記載内容が当然に取消すべき虚構の事実によつて充されているとは考えられず、そこに記載されていることはまさに本社組合執行部と千葉組合の見解の相異するところである。また右ビラは千葉組合員の総意による形をとり、鈴木はそれを単に伝達しようとしたのに過ぎないのであるから、同人の千葉組合における役職を考慮しても、同人に記載内容の全面的取消を求めるのは無理を強いるものというべきである。また、それでもなお取消文の作成を求めることが団結権擁護のためにさし迫つて必要止むを得ないものであるかというと、それも疑問なしとしない。この段階ではビラの記載内容が明らかになつていたのであるから、これに対抗するには他にとるべき方法があつた筈で、自らの見解を一方的に全面的取消という形で押付けるのは行き過ぎである。しかも、被告人らの右要求に応じない態度を明らかにしている鈴木に対し、執拗に長時間にわたつて取消を求めた揚句の行為であるから、目的自体において正当性を獲得する根拠に極めて乏しいといわざるを得ない。

(二)  従つて、ようやく会社構外に退出しようとする鈴木を、なおまた右の目的のために逮捕することは、行為としても相当でなく、法益の均衡もない。

(三)  以上の説示を総合すると、被告人両名の逮捕罪の構成要件に該当する各行為は、いずれも全法律秩序の精神から是認し得ず、違法である。

六、なお、被告人両名の各行為は、正当防衛ないし緊急避難の要件にも該当しないことは明らかである。してみれば、弁護人の種々の主張は要するに、右各行為の正当性を主張するに帰するから、前示の理由により結局採用するに由なきものである。

(法令の適用)

被告人辻本一雄の判示罪となるべき事実その一の行為は、刑法第二〇八条、罰金等臨時措置法第三条第一項第一号、第二条に該当するので所定刑中懲役刑を選択し、判示罪となるべき事実その二の所為は、刑法第六〇条、第二二〇条第一項(逮捕)に該当し、以上は同法第四五条前段の併合罪なので、同法第四七条本文、第一〇条により重い逮捕罪の刑に同法第四七条但書の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で同被告人を懲役三月に処する。

被告人岡崎興二の判示罪となるべき事実その二の行為は、刑法第六〇条、第二二〇条第一項(逮捕)に該当するところ、犯情を考慮し、同法第六六条、第七一条、第六八条第三号により酌量減軽をした刑期の範囲内で同被告人を懲役二月に処する。

なお情状により同法第二五条第一項を適用して、この裁判の確定した日から一年間被告人両名の右各刑の執行を猶予する。

訴訟費用のうち証人山内正剛、同北野邦一、同松岡傭二に支給した分は、刑事訴訟法第一八一条第一項本文によりこれを被告人辻本一雄の負担とし、その余の証人に支給した分は全部、同法第一八一条第一項本文、第一八二条によりこれを被告人両名に連帯して負担させることとする。

よつて主文のとおり判決する。

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